イギリス労働史博物館の絵葉書

 
この写真はかつてロンドンにあったイギリス労働史博物館"The National Museum of Labour History" が発行していた絵葉書です。
 写っているのは「マッチ工労働組合ストライキ委員会」の面々(1888年)。

 この絵葉書は、1982年当時ロンドン大学に留学されていた川田譽音(かわた・たかね)先生(龍谷大学社会学部教授。2012年3月31日で定年退職)から頂戴しました。川田先生からは、丁寧なお手紙つきで、さらにはこの労働史博物館のその後について、web検索結果も印刷して送っていただきました。

 この絵葉書について、解説すべき事柄は二つ。一つは、1888年のイギリス・マッチ工ストライキについて。もう一つはイギリス労働史博物館について。
 川田先生に拠れば、この博物館のあった「イーストエンドの風景はもうずいぶん変わっていることと思いますが、展示というより古道具屋さんかと思えるようなごちゃごちゃした小さな空間は、人々の労働と生活の実態を蘇らせていました」とのことです。
 ロンドンのイーストエンドは労働者の町であり、移民の町です。この写真の争議もここで起きました。低所得者層が住むイーストエンドには「トインビー・ホール」という世界初のセツルメント(貧困層のための福祉施設)があります。トインビー・ホールはセツルメントの父と呼ばれるアーノルド・トインビー(有名な歴史家アーノルド・J・トインビーの叔父)を記念して1884年に設立された民間の社会事業施設です。
 労働史博物館はそのトインビー・ホールの近くにありました。この博物館のことは、いくつかのwebサイトからの情報しか入手できませんでしたので、詳細はわかりません。ご存じの方は是非ご教示下さい。
web検索の結果を総合すると、博物館の沿革は以下の通りです。
 1950年代に、ヘンリー・フライという人物が「社会主義歴史協会」を設立したのが発端です。1963年にフライが労働運動史の巡回展示を始め、その後、ウォルター・サウスゲートが参加して、巡回展示ではなく、箱物の博物館建設を構想するようになりました。ついに1975年5月19日に、ロンドンのイーストエンドにあるライトハウス・タウンホールという古い建物の一室に労働史博物館をオープンしました。その後、博物館を拡張し、やがては建物の全部を使用するようになりました。
 しかし、1980年代半ばに地区評議会から資金援助を拒まれ、建物の返還を要求されて1986年にマンチェスターに移転しました。1990年にはマンチェスターで労働史博物館を再開し、1994年には「ポンプハウス民衆史博物館」を併設、2001年からは二つを合わせて「民衆史博物館」の名で再出発しました。その後2010年2月のリニューアルオープンを経て現在に至っています。

 次に、この絵葉書に写っている女子労働者について簡単に。
 この女性たちは、ロンドンはイーストエンドにあったマッチ工場の女子労働者たちです。1888年7月に若き女子労働者たちはストライキを起こして、イギリス全土にセンセーションを巻き起こしました。
 この地区最大のマッチ製造工場であった「ブライアント・アンド・メイ」社では、株主へは23パーセントもの高配当を払っていたのに、女子労働者たちを低賃金・長時間の悪条件で働かせていました。このことを知った社会主義者のアニー・ベサントは週刊新聞『ザ・リンク』6月23日号に会社を非難する記事を書き、工場の門前で労働者たちに配布したのでした。ベサントら活動家と労働者との離反を図った会社側に抗議して、7月5日、全工場がストライキに突入しました。工場を飛び出した1500人の女子労働者たちが隊列を組んで町を行進するのを見たイーストエンドの住民達も、続々と繰り出してストライキ支援のために結集しました。
 マッチ女工たちはマッチの成分である黄燐よる職業病にもさらされていました。前述のトインビー・ホールで活動していた4人の青年達がマッチ工場の労働実態調査に乗り出し、彼女たちの劣悪な労働条件について報告書を作成しています。これらの支援が功を奏し、各種新聞も労働者側に好意的な記事を書くようになり、世論の後押しによって7月17日、会社側は労働者の要求を飲み、待遇改善を約束しました。
 1888年ストライキは未熟練女子労働者たちを労働組合へと組織するための最初の試みとして有名です。
  写真の真ん中がアニー・ベサント、その左側の髭の男性がアニーの当時の恋人であったハーバート・バローズです。

 川田先生からは、この絵葉書以外にも、労働史博物館発行のものを頂戴しました。さらには、20世紀初頭のロンドンの貧しき人々を写した写真絵葉書を何枚も頂戴しています。記して謝意を表します。(谷合佳代子)

 <参考文献>

<参考サイト>
http://www.labourhistory.co.uk/#/national-museum-labour-history/4549881196
http://www.phm.org.uk/
http://en.wikipedia.org/wiki/People's_History_Museum